クリスマスかくれんぼ③
【ハッピーメリー・シャンメリー】
12月25日、22:54。
23時で閉まるスーパーに、物悲しい蛍の光が流れ始めた。手押し車を連れたおばあさんが一人と、スウェット姿のおじさんが一人いるだけで、店内はがらんとしていた。今まさに、世間は浮かれた三連休を終えようとしている。ホールケーキの箱に、ローストチキンのパックに、シャンメリーのボトルに、雑に貼られた半額の値札シールが何よりの証だ。
クリスマスが終わればあっという間に年が明ける。蛍の光に急かされて、私は一人、半額になったシャンメリーを買って帰ることにした。
12月25日、23:14。
ノンアルコールのシャンメリーで酔えるわけがない。もう子供騙しのクリスマスでは満足できない。
私は一人。
あなたはもうすぐ、偽のサンタとしての仕事を終える。今年は三連休になったから、大阪に旅行に行くと言っていたっけ。子供を連れてUSJに行くんだって、笑っていたっけ。
クリスマスが嫌いだ。
休日が嫌いだ。
あなたを私のいない土地に連れ去ってしまう日が嫌いだ。
12月25日、23:33。
最後の一滴をグラスに注ぎきってしまった。甘ったるいシャンメリーを飲み終えたら、寝てしまおうと思う。憎らしい日を強制終了してしまおうと思う。
去年のクリスマスはよかった。普通に24日も25日も平日で、あなたと日付が変わるギリギリまで残業していた。
『帰ったらもう一仕事だ』
『えっ、仕事持ち帰るんですか?』
どんだけ働く気なんですか、と目を丸くした私に、彼は言った。ちげーよ、アホ。
『子供を起こさず、枕元の靴下にプレゼントを入れるミッションだよ。結構難しいんだよなーこれが』
胸が痛い。つらいとわかっていても子供のことを語る彼が好きだ。
入社から一緒にやってきた同期。いつか諦められると思っていたのに、結婚しても子供が生まれても、気持ちは変わらなかった。
『なぁなぁ。今年のクリスマス、久々に奥さんにもプレゼント贈るつもりなんだけど、何がいいと思う?』
女性の意見を聞かせてよ。三連休の直前、あなたは私にそんなことを言ったけど、ほんとにそう思ってる?
ちゃんと私のこと、女だと思ってる?
『そうねぇ、レースのハンカチとか?』
『おすすめのブランドとかある?』
『うーん……たとえば、こことか?』
翌日、『ありがとう、参考になった!』と笑いながらあなたは私に小さな包みを差し出した。奥さんのプレゼントに勧めたブランドと同じ店の包み。ひどく残酷な優しさだった。
『レースのハンカチはさすがに買えなかったけど、これ。相談に乗ってもらったお礼と、早めのクリスマスプレゼント』
というか、お歳暮かな。いつもお世話になってます、来年もよろしく。
泣きそうになるのを堪えて、『ありがとう』と受け取った。
12月25日、23:46。
私の元にやってきたタオル地のハンドタオルは、何の因果かハートの刺繍が入っていたけれど、クリスマスプレゼントではなくお歳暮にしかなりえないのだ。かわいそうなハンドタオル。ごめんね、プレゼントにしてあげられなくて。
シャンメリーは私を酔わせてくれない。酔った勢いでなら、12月25日の間にこの恋を玉砕できたかもしれない。会いたいとか、ずっと好きだったとか、言ってしまえたのかもしれない。
結局そんなことはできないまま、クリスマスは終わる。
ぐらり、と視界が歪む。
テーブルに置いたグラスを取ろうとして、手元が狂った。倒れたグラスからシャンメリーがこぼれて、しゅわしゅわと音を立てながらテーブルに広がった。
涙は一滴もこぼれないのに、代わりにシャンメリーがこぼれた。あなたはやさしいのね、シャンメリー。踏み出せない私に、勇気をくれるのね。
12月25日、23:58。
使う予定のなかったハンドタオルに、しゅわしゅわの涙が吸い込まれていく。
最後まで泣けなかった。当たって砕けることもしなかった。でも、これで終わりにしてしまおう。強制終了してしまおう。
来年もよろしくだなんて、彼は言うけれど、私にそのつもりはない。いつまでもこのままでいちゃいけないんだ。
ハッピーメリー・シャンメリー。
このクリスマスが終わったら、あなたを好きな私はいなくなる。
ごしごしとテーブルをこすると、ハンドタオルはシャンメリーと一緒に埃を絡めとって、真っ黒になった。こんなに汚れていたのかと思わず目を見張るほど。
知らないうちに積もっていた埃をすべて拭き取って、私はハンドタオルをゴミ箱に投げた。
12月26日、0:00。
ぽすん、といい音がして、ゴミ箱に収まった。ごめんなさい、こんな使い方しかできなくて。このままじゃダメだから。いつまでもこのままじゃいられないから。
私はあなたを捨てる。
サヨウナラ、クリスマス。また来年。
次こそはちゃんと、プレゼントを持ってやって来てね。お歳暮じゃなく、私だけのためのクリスマスプレゼントを。
2017年、あなたの知らない私になります。
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※この物語はフィクションです。
というわけで、3日連続でお送りしました、「モーニン!」クリスマス企画でした。
更新遅くてすみません。
読んでくださった皆さん、ありがとうございました!(*´-`)
明日からは通常更新に戻ります~。ではでは。
20161225
クリスマス企画#03