モーニン!

ただのOLが平日限定で9:00までに更新するブログ

「透明感のある文章」が書きたくて……、夏。

おはようございます。あやなです。

今日は短めに。ひとりごとです。

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5日間の夏休みもつかの間、フルスロットルな日々を過ごしております。主に、お仕事的な意味で!

お仕事は大好きです。馬車馬のように働いているときが一番、生きてるって感じします……。

ただ、お仕事ばかりの日々ではつまらないのが人情ですから!

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友達に会いに電車に乗ってみたり、新幹線に乗ってみたり。
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スーツショップで後輩を着せ替えしてみたり。
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バレットジャーナルをガリガリ更新してみたり。
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プロットを練ってみたり。小説を書いてみたり。

その合間を縫って、今月はできるだけ本を読もうと心掛けています。今読んでいるのは、小川洋子さんの「完璧な病室」です。

小説を読みながら、ふと思うこと。

透明感のある文章って何だろう……?

ほかにも雰囲気のある文章、とか、色気のある文章、とか。いや、わかるよ、言わんとすることはわかるんだよ。

問題は、

どうやったらそんな文章が書けるのか!

ってことなんですよ。

書こうと思って書けるものなのか。

それとも、選ばれし者にしか書けないものなのか。

以前も「文章に色気がある」と評された方が羨ましくて羨ましくて、「文章  色気  小説」で検索して引っ掛かった小説を片っ端から読んだことがあります。

などなど……。

確かに、色気を感じました。感じられたと思います。特に太宰治の文章は中学で初めて作品に触れてから本当に好きで、ずっと読んできたので、読んだ直後は色気出せる気満々だったのです。

しかしその後、私の書く文章に特に色気が出ることはなく……。

「君は、そうじゃないんだよ! 無理に色気を出そうとしなくていいんだよ!」

ある方に強めに否定されたのを受け、それ以来文章で色気を出そうとするのをやめたのでした。

違う、そうじゃない

違う、そうじゃない

  • 鈴木 雅之
  • J-Pop
  • ¥250

 

色気を出すのを諦めたくせに、またも私は「透明感のある文章」に憧れて、本を読み漁っています。前述した小川洋子さんの「完璧な病室」も、ひんやりと冷たい透明感のある文章と評されていたのですがるような気持ちで手に取りました。

「色気」に比べて「透明感」の方が漠然とした表現に思えるのは私だけでしょうか。実際、「透明感のある文章」と検索をかけてみても、いろんな意見があってどのような文章が「透明感のある文章」なのかイマイチよくわかりませんでした。各人各様の定義があるように感じました。

私にとって「透明感のある文章」は、情景描写がイメージしやすく、かつ爽やかで美しい文章、かなぁ。色で言うと、暖色でなく寒色系。アイスブルーやミントグリーンのような涼しげな色。テンションはハイよりも、ロー寄り。海ではなく川の温度感。

今年の夏が特別暑いから、でしょうか。文章にまで澄みきった水の冷涼感を求めてしまうのは。

定義付けをしようとすればするほど、私の文章とは対極にあるような気がしてきます……。

いいなぁ、透明感。

欲しいなぁ、透明感。

とりあえず、これから読む本は

です!

まだ読んでいない本がある、というのはそれだけで生きていく理由になるな、と切実に思います。

さて、明日も生きるぞ!

 

Love Marginal

Love Marginal

  • printemps
  • アニメ
  • ¥250

透明感のあるアニソンといえば、これです。

最近ずっと聴いてる、大好きな1曲。

【第90回】読後3日寝込む衝撃作「イノセント・デイズ」を読んで救われた気持ちになったのは、私だけなのかもしれない

おはようございます。あやなです。

ただのOLが平日限定で9:00までに更新する弊ブログ「モーニン!」本日久々にルール通りの更新です!

名実ともに、おはようございます。

とはいえ、明日から私は一足早い夏休みをいただいて今日の夜には地元に帰ります。夏休みモードに片足突っ込みながら、ただいまバスにて通勤中です。

 

さて。本日は久々に読書日記です。 

日本推理作家協会賞受賞作。今、話題の作品です。店頭に平積みされていたのを見つけて、「あぁ~……これは後学のために読まねばなるまいな……」と手に取りました。

少女はなぜ、死刑囚になったのか

いかにも、重そうな煽りです。さらに。

読後、あまりの衝撃で3日ほど寝込みました…

帯には手書きの文字で、そう記されていました。

帯にこういう煽りのついた衝撃作って、たぶんイヤミス*1だよな……。

個人的趣向です。ミステリーは好きだけど、イヤミスはあまり好みではありません。なので、この時点で私はあまりこの作品に期待できないと思い込んでいたのです。

途中から、様子がおかしいことに気づきました。

読み終える頃には、初めにこの本を手に取ったとき抱いた印象と全く異なる感想を抱いていました。

……おかしい。何かがおかしい。

私はなぜこの本を読んで、どこか救われたような気になっているのだろう。

元恋人の妻と子供、3人を殺した罪で死刑を言い渡される"女の子"の物語なのに。

題材が題材ですから、暗くて、じめじめしていて、決して幸福な話ではありません。「どうしてこうなるの」と、不条理さに思わず歯噛みしたくなる場面もありました。「救われた」と感想を抱くのはおかしいのかもしれないと、自分でも思います。

確定死刑囚「田中幸乃」という登場人物に感情移入できたかというと疑わしく、登場人物誰か一人でも好きになれたかというと、そうでもありません。

けれど、私は確かにこの物語の中に"救い"を見出だしていました。

少なくとも、ただ暗く・ただ残酷な・ただ衝撃を与えるために作られた作品ではないと感じました。

衝撃で寝込むどころか、遮光カーテンで閉めきった部屋に窓から一筋の光が差し込んでいるような、そんな読後感を味わったのは私だけなのでしょうか。

この気持ちの正体は何なのだろう。

本編を読み終え、巻末についていた、辻村深月さんの解説まで読みきり、「あぁ」と合点がいきました。

あぁ、そうだ……私は読んでいる間ずっと「ある男の視線」を感じていたのです。全編にわたって「そこにある」のに、全く気づいていなかった、その視線。

辻村さんの指摘する「ある男の視線」があったからこそ、私はこの物語に"光"を見出だせたのかもしれません。

 

この世に喜劇と悲劇の二つしか存在しないのなら、「イノセント・デイズ」は間違いなく悲劇です。

でも、そうではないから、そうではないと信じているから、私は本を読みたいと思うし、書きたいと切実に願って、今日も万年筆を握ります。

私はこの物語を暗い話だとは思いません。胸のつまるような思いはしましたが、殊更強い衝撃を受けることもありませんでした。(物語として構成が鮮やかで、テンポも私好みなのか重いテーマにも関わらず読みやすかったのは確かです!)

一滴の涙もこぼさず、寝込むこともなく、そのかわりこの感覚を生涯忘れることはないでしょう。

 

 

早見 和真著「イノセント・デイズ」

感想でした。

 

イノセント・デイズ (新潮文庫)

イノセント・デイズ (新潮文庫)

 

 

*1:読後、いやーな気持ちになるミステリー

8月になったので手帳を新調しようと思う話。-バレットジャーナル、始めました-

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おはようございます。あやなです。

8月になりましたねー!

毎日しんどい暑さですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

私は夏生まれのせいか冬より断然、夏が好きな、暑さに耐性のある体質なのですが、それでも毎朝自転車を漕いでいると若干胸焼けがしてきます!  ちょっと吐きそうになって日陰で休むこともあります!  一応元気に自転車通勤しておりますよ!

 

話は変わりますが、私は無類の文房具好きです。本屋や服屋より、文房具屋で理性を飛ばしがちです……。

福岡・天神のジュンク堂のビル地下に文具の丸善が入っていて、もうね、沼ですよ。

【余談ですが】あの一帯、強すぎです!!

本屋(ジュンク堂)、文房具屋(丸善。福ビルにはとうじも入ってる)、スタバ、TSUTAYA、ドラッグストア(ドラッグイレブン)、ラーメン屋(膳。ラーメン1杯280円)、銀行(西日本シティ銀行)、カラオケ(カラオケ館。現在閉店。悲しい)……。

私の好きな店ばかりぎゅぎゅっと集まったエリア、なんです!【余談終了】

というわけで、最近また新商品を仕入れたんですよ。

透明軸のkakuno~~~!!!!
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はぁん、かわいい。しかも同時発売の極細字です。

元々持っていたのは、昨年の春発売の白軸。
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水色のキャップがかわいいです。

kakunoは1,000円という手軽さで始められる万年筆です。値段も見た目もかわいらしいのに使い勝手も良し。これで初めて万年筆を使うようになったのですが、書き心地が良すぎてボールペンに戻れません(*´ー`*)

インクの色は絶対にブルーブラック!

万年筆といえば!  絶対にブルーブラック!!

カートリッジを使い終えたら色彩雫の月夜買うんだ……。友人から4月にガラスペンをいただいたので、それには茶系のインクを入れたい。

http://www.pilot.co.jp/library/010/
色彩雫(いろしずく)見本帖 | 特集記事一覧 | PILOT LIBRARY | PILOT

あぁ……心ときめく……。

「ボールペンには戻れない! 」とか言ってるくせに、ぺんてるのアイプラスを新調しようとしてるのも業が深いです。

だって、ペンギンが!  かわいいんだもの!


オフィスでも使える ぺんてるの動物モチーフ×北欧テイストのカスタマイズペン | 趣味文CLUB

 

文房具愛が高まりすぎて文房具好きのブログを巡回していると、関連した面白い記事に出会うのです。


バレットジャーナルの始め方 - むやろぐ

バレットジャーナルって、なぁにー!?

すぐ飛びつく。すぐ作りたくなる。すぐ実行する。

で、本日8月1日からバレットジャーナル始めることにしました。さっきからちょいちょい出てくる青いノートが相棒です。

必要なものは、

お気に入りのノート。

お気に入りのペン。

あとはお好きなように。

要するに、自作の手帳です。方眼ノート推奨。枚数は多い方がよくて、大きさもできればA5くらいがいいみたいです。

ノートを選びに行く時間がなくてセブンでパッと目についたものを選んでしまいましたが、これはこれでいい……!  ページ数も少ないのでお試しで始めてみます。うきうき。


オムニ7 - セブンネットショッピング|by LoFt/スケッチブックノート しずく 3mm方眼 通販

私が購入したのはこのノートです。

今年の手帳はほぼ日手帳だったのですが、ほぼネタ帳・講義ノートにしか使わず、カスタマイズされないまま……。なので思いきって、自分だけの手帳を作ってみることにしました。

さて、最凶ズボラ王である私のバレットジャーナル、どうなってしまうのでしょうかぁー!!?

自分のことながら、出来上がりがちょっと楽しみです。
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見開き1ページ目っヾ(´ー`)ノ❤️

29歳の所信表明

おはようございます。あやなです。

 

デデーン!

お誕生日様です!

本日、7月26日をもちまして、わたくし、29歳になりました。皆様の支えあっての29年。出会った方々の一人が欠けても今の私はいないと本気で思います。出会ってきた人が一番の財産です。

皆様、いつも本当にありがとうございます。

 

さて、29歳ですか! とても複雑な年齢です。いろんな感情が絡み合っています。

早いなぁ、という気持ちと。

えぇ、まだ20代なんだ? という気持ちと。

「20代は怒りの年代である」

確か田口ランディさんのお言葉だったと思います。大学生の頃、新聞に書いてあったその言葉を読んで、私はちょっぴりげんなりしました。

10年も怒り続けるなんて嫌だ……と。

怒りの年代、怒りの10年。エネルギーに溢れた20代はいろんなことに怒っていいのかもしれません。

学校のこと、仕事のこと、恋愛のこと、家族のこと。社会のこと、日本のこと、世界のこと。世の中に溢れる理不尽さにNOを突きつけて、もがきながら生きてきた20代でした。

何事も諦めたくなかったし、悔しさに対して鈍感でいたくなかった。

だから私は、今もこうして文章を書いているのでしょう。諦めないため、自分の中の正義を追求するために。田口ランディさんのおっしゃる通りなのかもしれません。怒りを原動力にした戦いを常に続けているようなものです。

 

最近になって、20代の日も暮れかけている今になって、こう考えるようになりました。

正しい人よりも優しい人になりたいなぁ、と。

「ありがとう」

「大丈夫?」

「すごいね」

「おめでとう」

一言言うだけでも、もっといい言い方があったんじゃないかとか。心の底に意地の悪い打算があったんじゃないかとか。

あのとき、あぁ言えばよかった。どうしてあんな風に言ってしまったんだろう。「優しい」にまで正しさを求めてしまう自分に嫌気が差します。

だから、人に優しくするのは苦手です。

感謝をするのが下手。

甘えるのも嫌いで、いつも変な感じに茶化してしまう。

正しい優しさなどあるわけがないと頭ではわかっているのですが、20代の怒りは外へ向かわず、絶えず内側に向かって燃え盛ります。(時に溢れだして外へ向かう場合もある! 主に会社の愚痴を言う私!)

それはそれで楽しいのですが、そんな自分を10年続けているうちに、だんだん疲れてきました。

なんか、飽きてきました。

怒るの、やだな。優しい人になりたいな。20代早く終わんないかな。

「この年になると誕生日なんか嬉しくないよ~」

なんて声も聞こえてくる年に差し掛かっていますが、私は早くも来年の誕生日が楽しみです。

10年かけてすっかり細くなった蝋燭の上で、ゆらゆらと頼りない炎が揺れています。きっとこれは最後の火種。

20代最後の火です。

今年、29歳の1年をかけて、「優しい人」になりたい。そのためにこの火を使いたい。

想像力のある人間になりたいです。

優しい言葉を遣える人間になりたいです。

人の幸せを願える人間になりたいです。

そうしたら、私、「優しい人」になれる気がします。

 

燃え盛る私の20代ラストイヤー。せっかく火がついてるなら、大きな花火にしなきゃ、勿体ないじゃないですか!

20代最後の私の火種よ。

1年かけて燃やし尽くし、駆け抜け尽くしたいと思います。

どうぞ見守っていてください。

よろしくお願い致します。

【第89回】AKB48選抜総選挙の時期になると、かにに言われたあの言葉を思い出すんだ。

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おはようございます。あやなです。

昨日しれっと更新しましたが、実はご無沙汰でした。41日ぶりの投稿だったようです。

この1ヶ月は珍しく仕事が忙しくてですね……普段の平均残業時間2時間/月の私が、今月10倍以上残業してるので推して図るべし、です。あ、でも個人的に文化祭みたいなテンションで働いてるので、元気は元気です。帰即寝の日々です。

 

閑話休題。1ヶ月の間に起きたビッグなニュースといったら?

そう、総選挙です。

今年もAKB48選抜総選挙が開催されましたね!

指原莉乃さん、2位に10万票の差をつけての連覇、おめでとうございます。悪天候による開票イベントの中止が決まる波乱に始まり、渡辺麻友さんの卒業発表、5位にランクインした荻野由佳さんをはじめNGT48メンバーの大躍進、NMB48須藤凜々花さんの突然の婚約発表と、AKBグループの歴史に刻まれる総選挙になったのではないかと思います。

私個人としましては、ついに推しの卒業が決まり、今年は不出馬ということで特に何の活動もせずに迎えた総選挙でしたが、中継を見ながら感心したり感動したり、なんだかんだで例年通りの熱さを感じることができました。特に荻野由佳さんのスピーチにはちょっと泣きそうになりました……。さしまゆの涙もかなりキましたね。

私がAKB48にハマったのは第2回総選挙が行われる少し前でした。新聞社で働いていたときにスポーツ紙に毎日メンバーの所信表明が掲載されていて、宮崎美穂ちゃん(みゃお)*1を見て「なんて可愛いんだ!」と思ったものです。

実に7年前です。今回の総選挙で9回目らしいので、歴史の長さを感じさせられますね。

 

「ねぇ、私がもしアイドルだったら、1位にしてくれる?」

テレビ中継を見ながら、私は「かに」に尋ねました。あれは2013年、指原莉乃さんが初めて1位になった、5回目の総選挙の開票日でした。

AKBに興味のない(というか、芸能人に興味がない)彼のことだから、私が戯れに聞いたところで聞き流すか鼻で笑うかのどちらかだと思っていたのです。

「せんよ」

思いの外はっきりと、「かに」は言い切りました。

普段断定的な物言いを好まない彼だけに、珍しいなと思いました。

「なんで?  私のこと好きじゃないん?  あ、それともあれか、1位になって他のファンがつくのが嫌?  見つからないでいてほしい的な?」

それに対して返ってきたのは、意外な言葉でした。

毎年、総選挙の開票日が近づくたびに「かに」の言葉を思い出します。

悔しい。本当に悔しいのだけれど、私はその言葉を聞いて、思わず泣いてしまったのです。

「かに」みたいな生き方、私は絶対、認めない。
……そうやって肩肘張って10年以上生きてきたのに、なんでこうなっちゃったかなぁ。

 

***

 「今日は皆さんに人生について考えてもらいます」
初めて夏服に袖を通した、中学1年の6月のこと。
国語の先生はちょっと変わった人でした。
宮沢賢治の作品を題材に自分の理想とする生き方を選択しよう、そして人生について語り合おうと彼女は言いました。

テーマは「犠牲と共に生きる」

つい2、3ヶ月前までランドセルを背負っていた中学1年生には少々重すぎるテーマではありませんか! ねぇ先生!

私たちは戸惑いつつ、以下の4つのグループに分かれました。

A.オツベルと象の「オツベル」-自分の利益のために他人を犠牲にする人。

B.なめとこ山の熊の「小次郎」-何かを犠牲にすることに罪悪感を覚えながら生きる人。

C.やまなしの「かに」-できるだけ犠牲を出さず、降ってきたものを食べて生きる人。

D.グスコーブドリの伝記の「ブドリ」-他人のために自分を犠牲にして生きる人。

さて、中学1年生の私はどの生き方を選んだでしょうか?

正解はD「ブドリ」でした!

偽善でしょうか? 確かにそうかも。けれど、理想を掲げなければ「良く」生きられない。優等生のいい子でいたかった私は、本気でみんな「ブドリ」を選ぶと思っていました。

人生について選択し、語る授業はかなり白熱しました。
「オツベル」が「ブドリ」を偽善者だと罵り、「ブドリ」は何と思われても人を助けたいと反論し、「小十郎」は犠牲が出るのはある程度しょうがないけれどそれを当たり前に感じていたくないと持論を述べる。
若い私たちは舌戦を繰り広げました。

……「かに」以外は。

実際のところ、ディスカッションのグループ分けは意外な配分で始まることになりました。Aが5人ほど、Bが10人、Dが7人くらい。

あとは全員、Cを選びました。やまなしの「かに」です。これは当時の私にとって信じがたい結果でした。

けれど、実際のディスカッションでは、多数派の「かに」たちはほとんど口を開きませんでした。

少数派の「オツベル」、「小十郎」、「ブドリ」ばかりがイニシアチブをとって、「かに」はずっと曖昧に笑っていました。あまりに自己主張しないものだから、次第に私は苛立ち、
「ねぇ、『かに』は川底から出たいと思わないの?」
かぷかぷ笑ってる場合じゃないでしょ。クラムボンじゃないんだから。
「いつかわせみが襲ってくるかもわからない、やまなしも本当に落ちてくるかわからないのに」
私なら。
もし私が「かに」なら、かわせみと戦う方法を考える。木に登り、やまなしをちょん切って自分と家族の住む川に落とす。
待っているだけの人生は嫌だ。だって、かわせみが襲ってきても、やまなしが落ちてこなくても「しょうがない」の一言で諦めるしかないじゃない。
そんなの、悔しいじゃない。
悔しくないの、と問いかけた私の声はほとんど叫び声のようだったのではないかと思います。
それでも教室にいる大多数の「かに」たちは顔を見合わせて曖昧に笑うばかり。
「だって……ねぇ?」
無理に戦わなくていいんじゃない。「かに」の女の子の一人がぽつりと呟いたのを覚えています。
それを聞いて、私の胸に込み上げたのは、猛烈な嫌悪感でした。
自分のためなら他人を蹴落とすと豪語する「オツベル」の方がまだマシだった。
罪悪感を傘にきる「小十郎」や自己陶酔の「ブドリ」なんかよりよっぽど、戦わない「かに」の方が偽善者だ。
何も犠牲にしないといい人ぶって本当は負けるのが怖いだけ。
困ったことがあったって諦めて、今日みたいに曖昧に笑って、こわいねこわいねって顔を見合わせるのか。

甘えんな。
中学1年生の私は憤って、泣きそうでした。

 

あの日、私は「かに」にだけはならないと決めたのです。
かわせみとは戦う。やまなしは自分で落とす。
そんな人生を選択しようと心に誓いました。

 

***

私がアイドルを推すのは、彼女たちが常に「かに」になるまいとしているからです。

中でもAKB48の系列グループは特に、セルフプロデュース能力を必要とされるアイドルグループだと思います。ビジュアルや歌・ダンスなどパフォーマンス力の強化、握手会の対応だけに留まらず、他の人にはない特技を身に付け、(それこそ話題の須藤凜々花ちゃんは哲学とか麻雀とか、他のアイドルにはあまりない特技を持ち、哲学書を出版したり麻雀の冠番組を持ったりしました)ブラッシュアップし続けなければなりません。

同時に、ただ自分の好きなことを伸ばすだけではだめで、周りを観察して自分のポジションを確立することが大事です。たとえばダンスがいくら得意だろうと、同じことを得意な自分より可愛いメンバーがいたら埋もれてしまいます。さしずめ、空いたスペースを見つけて上手に走り込むサッカー選手ばりの視野が必要なのだと思います。

アイドル・指原莉乃は、まさしくそれで。

アイドルでありながら「アイドルオタク」であり、始めはアイドルらしからぬ「ヘタレ」というキャラでオタク内の人気を集め(むろん、それだけではないと思います。声が可愛くて意外と歌うまいんだよなぁ~! さっしーの、なんだかんだ言ってパフォメンなとこ、悔しいけど好き)「ブログ」で一般のファンを増やし、「スキャンダル」で世間の脚光を浴びました。

アイドルに「かに」はいません。

みんながみんな、自分のあるべき姿を模索し、もがいています。その姿を見ると、どうしても、応援したくなるのです。

報われなかった自分自身のためなのだと思います。

ディベートの授業から10年。学級委員を務め、生徒会に所属し、優等生だった私は、大学では落ちこぼれでした。周りにはたくさんの優秀な人がいて、私が「ブドリ」である必要を感じませんでした。

留年し、内定もなく、未来の見えない日々。
それでもやっぱり、私は「かに」にはなりたくなくて、もがき、苦しんでいました。だからこそアイドルにハマったのかもしれません。

 

そんな私に、恋人ができました。

常に動いている私と、おとなしい彼。
欲深い私と、欲しがらない彼。
野心の強い私と、そこそこで生きたい彼。

私がアクセルなら、彼はブレーキ。
こんなに正反対なのに恋人同士になったのだからおかしな話です。

こちらの言いたいことを先回りして、適切な応えを返せる洞察力。そのくせ言葉は角がとれていて刺々しくないから、彼自身は動かなくても不思議と人が寄ってくる。
さらに彼のすごいところは、それを当たり前のように受け入れているところなのです。

だから世話を焼いてくれる人に特に感謝したりはしないし、好かれるために努力もしない。
何しろ、付き合って1週間後、初めての誕生日プレゼントにフードプロセッサーを買ってきて「これで僕においしいご飯を作ってください」と言っちゃえる男ですから。
「やればできるのに、どうして頑張らないの!」
何度怒りをぶつけたことでしょう。
感情が溢れて泣いてしまうこともありました。
すぐに怒ったり泣いたりする私を彼は「お前はめんどくさいなぁ」と言って曖昧に笑い、そうして、決まって私を抱き寄せました。

あぁこの人は「かに」だ。
それも特大級の、かにの王様だ。
頭の良さも、自分を大事にしてくれる人も、私の欲しいものはすべて手の内に収めているくせに、絶対に川を出ようとはしない。落ちてくるやまなしのおいしいお酒だけを飲んで贅沢に生きているんだ。
私は、戦わない「かに」にだけは負けたくなかった。
それなのになぜか、彼が「めんどくさいなぁ」と笑うとき、不思議と荒んだ心が慰められた気になったものです。

 

二人でテレビを見ていると、AKBの総選挙が中継されていました。
「ねぇ、私がアイドルだったら推してくれる?」
そんなことを聞いたのも、いつもの戯れのつもりで。
「推すって?」
「総選挙で1位にしてくれるかってこと」
「せんよ」
意外なほど即答。
なんでなんで? 私のこと応援してくれんのん? 私のこと好きじゃないと? あっ、それとも私が1位になって他の男の注目を浴びるのが嫌とか? ねぇ、なんでなんでどしてーー?
あまりにきっぱりした返しに私は逆に興味をそそられ、矢継ぎ早に質問を浴びせかけました。
対して、即座に返ってきた答えは、私を一瞬で黙らせました。

「1位になる必要がないから」

……正直、その発想はなかった。
彼の言葉に絶句した私は、同時に気づいてしまったのです。

私は「ブドリ」になりたかったんじゃない。
「ブドリ」を目指すことで愛されたかっただけなんだって。
優等生であるとか学級委員であるとか。
有名大学に合格するとか、大企業に内定を決めるとか。
アイドルだとか、1位だとかとか。
そういう「称賛されるべき何者か」でなければいけないと思っていました。
際立った才能も個性もなく、だからこそ付加価値が必要でした。選択肢を与えられたとき、迷わず「ブドリ」を選ぶ善人であること。人に差し出せる価値が自分になければ、誰にも必要とされないのだと思っていました。

私が異常なほど「かに」に憤ったのは彼らの生き方が羨ましいからです。「かに」の自分を肯定できる彼らが、心底羨ましかった。私に圧倒的に欠けていたのは、自己肯定感でした。

ぶわりと涙が滲んで、「かにの王様」が慌てふためきます。
何でもないのと笑うけれど、あとからあとから涙は溢れてくるもので。
めんどくさいなぁ、と「かに」は笑い。
めんどくさいね、と私も笑い返しました。

 

そうかぁ、1位になる必要はないのかぁ。
私、戦わなくていいのかなぁ。
かにの王様が教えてくれたこと。
「ブドリ」を選んだ私の愚かさ。「かに」でいる勇気。

 

***

後日談。

あんなに苦労したのに内定はやけにあっさり決まりました。ちょうど、やまなしがとぷんと落ちてくるように。
人生なるようになるっていうけど、逆にいうとなるようにしかならないものなんだと思います。
努力は必ず実るわけではないし、がむしゃらに戦いを挑めばいいってものでもない。

今でもアイドルが大好きだし、自分より他人を選び村の運命を切り拓いた「ブドリ」の生き方には承認欲求抜きにしても鳥肌が立つほど惹かれるけれど、今の私は川底でチャンスを待っている「かに」も勇気があると思うのです。

「かに」みたいな生き方、絶対に認めたくなかったのになぁ……。
こんなはずじゃなかったのに、今の自分は優等生だった昔の自分より、断然いい感じ。
野心家で欲しがりの私は基本的に変わらないのでしょう。
しかし今は、称賛されるために戦おうとは思いません。

 

今日も私はかにの王様の横で、クラムボンみたいにかぷかぷ笑って、水面を見上げています。

やまなしが落ちてくる瞬間を悠長に、しかし、虎視眈々と狙っています。
いつか、かわせみが襲ってきたときのために、自慢のはさみをぴかぴかに磨いておくつもりです。

 

こういう「かに」がいてもいいかな、って、こっそりそう思います。


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*1:当時は痩せてたんだ!! 期待の次期エースだったんだ……

【第88回】モテる女の子は大体猫派の法則

おはようございます。あやなです。

 

「じゃあさじゃあさ、犬派~?  猫派~?」

学生時代、居酒屋でアルバイトをしていた時期があります。サラリーマンの憩いの場・立ち飲み居酒屋であるにもかかわらず、うちのお店には定期的に年若い合コン客が訪れました。

合コンの質問の定番と言えば、「SかMか」ですが、次によく出てくる質問は「犬派か猫派か」というものです。

犬派と猫派、どちらが多いと思いますか?

「え~、猫かな~」

ほら、待受も猫! そうやって携帯電話を開いて(当時、パカパカ式のガラケー全盛期ですから!)連絡先の交換にまでこぎつける手練れ女子もちらほらいました。

モテる女の子って、大体猫派!

 

「あやなって、犬派?  猫派?」 

翻って、私。私にとって、世界で一番聞かれて困る質問はこれです。

どっちだと思う? と、無理やり聞き返すと大体「犬」と言われるので、イメージ戦略的に「犬派」と答えることが多くなりました。

犬は人懐こく甘えん坊で、猫は気まぐれな自由人、みたいなイメージがあります。人間の犬派・猫派においても、何となくそのイメージは共通しているような気がしています。

正直な話をしましょう!

私は犬派でも猫派でもありません。

牛でも馬でも鳥でも、動物自体、得意ではありません。たとえばキャラクター化・アイコン化された動物であれば、見て愛でるだけなら可愛いと思えるのですが、動いている動物を見てどう可愛がればいいのかがわからないのだと思います。

冷たい人間だと思われそうで、あまり口にしたことはありません。便宜的にどちらかを名乗ることでコミュニケーションが円滑に進むなら、犬派でも猫派でもどちらでもよかったのです。

私の地元には野良犬や野良猫がたくさんいました。

片道45分かけて学校に通う小学生だった頃、鈍くさい上に臆病だった私は何度も野良犬に追いかけられたものです。大きな声で吠えられるのも苦手で、噛みつかれるのも怖くて、必死で走って逃げました。

猫は猫で苦手です。庭に紛れ込んだ野良猫に威嚇されて以来、どんな動物にも嫌われるたちなのだと思ってきました。

 

犬派か猫派か?

強いて言うなら人間派。

だって私は、意志疎通を図れない生き物とは分かりあえないから。そう思って生きてきました。

 

今日、お芝居を観てきました。

henhouse#06 いぬとねことにんげんのポルカ
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分かりあえないのは犬や、猫や、牛や馬や鳥に限った話ではないのでは?

誰も悪くないのにすれ違うことって、珍しくもなんともないのでは?

 

たとえば両親が喧嘩したとき。

お父さんの味方になるの、それともお母さんなの。

たとえば大切な友人二人が喧嘩をしたとき。

Aちゃん側につくの、それともBちゃんなの。

私はそういう選択の場面に立たされたとき、どちらにも味方できなかったし、どちらも悪くないのに拗れてしまうことがあるのだと思い知らされました。

そのとき感じたのは強い孤独感でした。

犬派にも猫派にもなれない私。

どちらか片方を選ぶということは、もう一つを切り捨てるということで、切り捨てられないなら一人でいた方がいいと思い込んでいました。

孤独感を抱えてもいいから、行き場を失って窒息してもいいから、誰も悪者にしたくなかったのです。

かつて、苦しめられていた世界が、舞台の上に再現されている気がしました。

その上で、「分かりあえなさ」を愛せよと言われている気がしました。

お芝居を見ながら涙が止まらなかったのは、そういうこと、なのかなぁ。

 

「犬派? 猫派?」

今日からは胸を張ってこう答えられそうです。

「犬猫超党派です!」

と。

何かを選びたくないからってすべてを嫌う必要はない。それなら素直に全部好きでいいじゃない。

犬も猫も人間も、分かりあえなさを愛する自分でいられたら、孤独でいたかったかつての自分を「許せる」日が来るのかもしれません。

心が柔らかくなる90分でした。

ほら、なんていうか、コーラみたいな感じです。

キャンプで肉を煮込むとき、同じお鍋にコーラを入れるんですよ。そしたらすごくお肉が柔らかくなって、味に深みが出るんです。

ああいう感じ。

たくさんの人に出会い、たくさんのことを感じ、近年稀にみるほど怒ったり泣いたりした28歳の締め括りに、これ以上ない素敵な観劇体験ができました。本当に大好きです!

 

4回の公演のうち3回が終了。

明日7/23(日) 14:00の回を残すばかりになったようです。

一人でも多くの人に観に行っていただきたい……でも私が席を埋めてしまいたい……そんな葛藤の中にいます。

私が席を埋めないうちに、ぜひ、ご予約くださいませ……(>_<)

http://henhouse.atumari.net/
hen house

 

【第87回】神様との約束ならもうとっくの昔に叶ってる

おはようございます。あやなです。


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先週、ふらりと太宰府に行って来ました。

 

昔からなぜか神社という場所が好きでした。あたたかくて、静かで、穏やかで、なんだか、ここでならどんなわがままを言ってもいい気がしました。

大学受験前などは隙あらば地元の神社に通いつめ、

「神様、どーかどーか、大学に合格させてください……ぶっちゃけ合格さえさせてくれたら、もう、私の人生あとは自分で何とかしますので、ほんとにあの、これだけはマジでお願いします神様……」

こんなお願い事をしていました。

私が神様だったらこんな人間には絶対に手を貸したくないところですが、さすが神様、懐が広い。私は数学が壊滅的に出来ないにもかかわらず、奇跡的に志望校に合格し、なんとか大学生になることができました。

「しゃーねぇなぁ!  マジで後は自分でなんとかしろよ!」

合格の瞬間、神様はきっとこう言っていたに違いありません。

ところが、それからの私はというと、無事大学に入れたものの、順調に落ちこぼれていくことになります。情けないことです。後は自分でなんとかしますから、なんて言っておきながら。

実家に帰省するたびに件の神社に足を運びました。

「神様、神様。自分でなんとかするって言ったけど、全然無理でした。ごめんなさい。ようやくわかったんです、私、あなたがいないと全然だめ。これからも私をどうかよろしくお願いします……!!

必殺、手のひら返し。どうですか、見事なキレでしょう!

あたたかな神社では、どんなわがままも許される気がしていたのです。しょうがないなぁ、馬鹿な人間め、なんて文句を言いながらも神様は願いを叶えてくれるものだと思い込んでいたのです。


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凛とした清い佇まいでありながら、なぜか落ち着くのは、この場所が私の弱さを受け入れてくれるからなのかもしれません。

いや、本当のところ、神様は私に呆れているのかも。あまりに甘えたことを言い過ぎていて。
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大学に入れますように。

大学を卒業できますように。

就職できますように。

そして毎度願うのは、家族が皆健康で、心穏やかに過ごせますように。

【一生に一度のお願い】を何度も繰り返している、他力本願な弱い人間です。
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けれど、私思うのです。

今こうして生きていること、なんとか卒業してなんとか働いて、たくさんの人に支えられて毎日を過ごしていること、なーんだ、全部うまくいってるじゃないかって。

「どこかで躓いたって遠回りしたって、最後に帳尻が合えばいいじゃないか。確かに君は2年留年してるかもしれないけど、その2年あっての、君の人生じゃないか」

大学の恩師が、いつだったか私に言ってくださった言葉です。なるほど。

大学に入学した。

卒業もできた。

就職もできた。

それまでの過程はものすごーーーく苦しんだかもしれないけれど、苦しんだことで得たものは具体的にあって、失敗がなければ今の私はいなかった。

何とかなってないことなんて一つもないわけで、神様にお願いしたことはほんとに全部叶っちゃってるんだな。

え、優しすぎじゃないですか?

私があまりに甘えているので、おそらく、しゃーねぇなぁ、って渋々だったとは思うんですけど。

神様、弱っちょろい私の願いを全部叶えてくださって、本当にありがとうございます。
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弱っちょろついでにもう一つ【一生のお願い】、いいですか?

私、小説家になりたいんです。

ずっとずっとなりたかったんです。でも絶対無理だってどこかで諦めてたし、実際賞に応募しても引っ掛かったことなかったし、続々と才能を見出だされていく周りの人達の中で私にスポットライトが当たることはなかったし。無理な夢を見てる状態が一番心地よかったんです。怨念のように心臓に溜まった夢が底冷えして、てい、と取り出そうとすると指先が凍傷〈ヤケド〉するのです。だから、もしかしてこのまま一生、夢見ていた方が気持ちいいんじゃないか、なんて思っちゃうんです。ほら、弱っちょろいでしょう!

だから、お願いです。

恥も外聞もなく言います。

小説家にならせてください。


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でね、太宰府帰りの電車の中で、改めて冷静になったんですけど、結局神様にお願いしたところで行動するのは自分なのです。

大学に入るために勉強したのも、就職するために面接を受けたのも他ならぬ私。

「人事を尽くして天命待て」とは「努力の限りを尽くせば結果は出るから安心して努力しろよ」ということで、裏返せばいつものあれです。

「とにかく、書け」

今までだってそうです。目先のことを精一杯やっていただけ。だから、同じように、行動あるのみです。決して特別なことではない。

私の夢は夢じゃなく【現実】なんだって自分自身に突きつけて。ケツをひっぱたいて、鼻の先にニンジンをぶら下げて、おだてて空を飛ばせて。

だって戦わなきゃ勝てないもんね。


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お守りを買ってきました。

【一生のお願い】を戒めのように、いつも身に付けていたいと思います。

「相変わらず弱っちょろいダメ人間め!  見張っててやるからせいぜい励めよ!」

神様の言葉に耳を傾けながら。

 

そういえば、最近思い出したんです。

小学校の卒業文集に、何を血迷ったか、「江戸川乱歩賞とって小説家デビュー」って書いたこと。クソガキめ。軽く言いやがって。

でも、でもでも。

この伏線、回収できたらめちゃくちゃ面白くないですか?

というわけで。
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机の上のコルクボードに目下の目標を掲げてみました。い、言っちゃった……言っちゃったぁぁ。

が、 がんばひます。あ、噛んだ。

 

(追記)写真たくさんあると、なんか私ブログ書いてるぅ! って感じしますね!  書いてることは相変わらず声のでかい独り言……って感じなんですけど。【読まれる文章】づくり、今後も精進致します。