モーニン!

ただのOLが平日限定で9:00までに更新するブログ

【第89回】AKB48選抜総選挙の時期になると、かにに言われたあの言葉を思い出すんだ。

f:id:ui_a:20170723094559j:image

おはようございます。あやなです。

昨日しれっと更新しましたが、実はご無沙汰でした。41日ぶりの投稿だったようです。

この1ヶ月は珍しく仕事が忙しくてですね……普段の平均残業時間2時間/月の私が、今月10倍以上残業してるので推して図るべし、です。あ、でも個人的に文化祭みたいなテンションで働いてるので、元気は元気です。帰即寝の日々です。

 

閑話休題。1ヶ月の間に起きたビッグなニュースといったら?

そう、総選挙です。

今年もAKB48選抜総選挙が開催されましたね!

指原莉乃さん、2位に10万票の差をつけての連覇、おめでとうございます。悪天候による開票イベントの中止が決まる波乱に始まり、渡辺麻友さんの卒業発表、5位にランクインした荻野由佳さんをはじめNGT48メンバーの大躍進、NMB48須藤凜々花さんの突然の婚約発表と、AKBグループの歴史に刻まれる総選挙になったのではないかと思います。

私個人としましては、ついに推しの卒業が決まり、今年は不出馬ということで特に何の活動もせずに迎えた総選挙でしたが、中継を見ながら感心したり感動したり、なんだかんだで例年通りの熱さを感じることができました。特に荻野由佳さんのスピーチにはちょっと泣きそうになりました……。さしまゆの涙もかなりキましたね。

私がAKB48にハマったのは第2回総選挙が行われる少し前でした。新聞社で働いていたときにスポーツ紙に毎日メンバーの所信表明が掲載されていて、宮崎美穂ちゃん(みゃお)*1を見て「なんて可愛いんだ!」と思ったものです。

実に7年前です。今回の総選挙で9回目らしいので、歴史の長さを感じさせられますね。

 

「ねぇ、私がもしアイドルだったら、1位にしてくれる?」

テレビ中継を見ながら、私は「かに」に尋ねました。あれは2013年、指原莉乃さんが初めて1位になった、5回目の総選挙の開票日でした。

AKBに興味のない(というか、芸能人に興味がない)彼のことだから、私が戯れに聞いたところで聞き流すか鼻で笑うかのどちらかだと思っていたのです。

「せんよ」

思いの外はっきりと、「かに」は言い切りました。

普段断定的な物言いを好まない彼だけに、珍しいなと思いました。

「なんで?  私のこと好きじゃないん?  あ、それともあれか、1位になって他のファンがつくのが嫌?  見つからないでいてほしい的な?」

それに対して返ってきたのは、意外な言葉でした。

毎年、総選挙の開票日が近づくたびに「かに」の言葉を思い出します。

悔しい。本当に悔しいのだけれど、私はその言葉を聞いて、思わず泣いてしまったのです。

「かに」みたいな生き方、私は絶対、認めない。
……そうやって肩肘張って10年以上生きてきたのに、なんでこうなっちゃったかなぁ。

 

***

 「今日は皆さんに人生について考えてもらいます」
初めて夏服に袖を通した、中学1年の6月のこと。
国語の先生はちょっと変わった人でした。
宮沢賢治の作品を題材に自分の理想とする生き方を選択しよう、そして人生について語り合おうと彼女は言いました。

テーマは「犠牲と共に生きる」

つい2、3ヶ月前までランドセルを背負っていた中学1年生には少々重すぎるテーマではありませんか! ねぇ先生!

私たちは戸惑いつつ、以下の4つのグループに分かれました。

A.オツベルと象の「オツベル」-自分の利益のために他人を犠牲にする人。

B.なめとこ山の熊の「小次郎」-何かを犠牲にすることに罪悪感を覚えながら生きる人。

C.やまなしの「かに」-できるだけ犠牲を出さず、降ってきたものを食べて生きる人。

D.グスコーブドリの伝記の「ブドリ」-他人のために自分を犠牲にして生きる人。

さて、中学1年生の私はどの生き方を選んだでしょうか?

正解はD「ブドリ」でした!

偽善でしょうか? 確かにそうかも。けれど、理想を掲げなければ「良く」生きられない。優等生のいい子でいたかった私は、本気でみんな「ブドリ」を選ぶと思っていました。

人生について選択し、語る授業はかなり白熱しました。
「オツベル」が「ブドリ」を偽善者だと罵り、「ブドリ」は何と思われても人を助けたいと反論し、「小十郎」は犠牲が出るのはある程度しょうがないけれどそれを当たり前に感じていたくないと持論を述べる。
若い私たちは舌戦を繰り広げました。

……「かに」以外は。

実際のところ、ディスカッションのグループ分けは意外な配分で始まることになりました。Aが5人ほど、Bが10人、Dが7人くらい。

あとは全員、Cを選びました。やまなしの「かに」です。これは当時の私にとって信じがたい結果でした。

けれど、実際のディスカッションでは、多数派の「かに」たちはほとんど口を開きませんでした。

少数派の「オツベル」、「小十郎」、「ブドリ」ばかりがイニシアチブをとって、「かに」はずっと曖昧に笑っていました。あまりに自己主張しないものだから、次第に私は苛立ち、
「ねぇ、『かに』は川底から出たいと思わないの?」
かぷかぷ笑ってる場合じゃないでしょ。クラムボンじゃないんだから。
「いつかわせみが襲ってくるかもわからない、やまなしも本当に落ちてくるかわからないのに」
私なら。
もし私が「かに」なら、かわせみと戦う方法を考える。木に登り、やまなしをちょん切って自分と家族の住む川に落とす。
待っているだけの人生は嫌だ。だって、かわせみが襲ってきても、やまなしが落ちてこなくても「しょうがない」の一言で諦めるしかないじゃない。
そんなの、悔しいじゃない。
悔しくないの、と問いかけた私の声はほとんど叫び声のようだったのではないかと思います。
それでも教室にいる大多数の「かに」たちは顔を見合わせて曖昧に笑うばかり。
「だって……ねぇ?」
無理に戦わなくていいんじゃない。「かに」の女の子の一人がぽつりと呟いたのを覚えています。
それを聞いて、私の胸に込み上げたのは、猛烈な嫌悪感でした。
自分のためなら他人を蹴落とすと豪語する「オツベル」の方がまだマシだった。
罪悪感を傘にきる「小十郎」や自己陶酔の「ブドリ」なんかよりよっぽど、戦わない「かに」の方が偽善者だ。
何も犠牲にしないといい人ぶって本当は負けるのが怖いだけ。
困ったことがあったって諦めて、今日みたいに曖昧に笑って、こわいねこわいねって顔を見合わせるのか。

甘えんな。
中学1年生の私は憤って、泣きそうでした。

 

あの日、私は「かに」にだけはならないと決めたのです。
かわせみとは戦う。やまなしは自分で落とす。
そんな人生を選択しようと心に誓いました。

 

***

私がアイドルを推すのは、彼女たちが常に「かに」になるまいとしているからです。

中でもAKB48の系列グループは特に、セルフプロデュース能力を必要とされるアイドルグループだと思います。ビジュアルや歌・ダンスなどパフォーマンス力の強化、握手会の対応だけに留まらず、他の人にはない特技を身に付け、(それこそ話題の須藤凜々花ちゃんは哲学とか麻雀とか、他のアイドルにはあまりない特技を持ち、哲学書を出版したり麻雀の冠番組を持ったりしました)ブラッシュアップし続けなければなりません。

同時に、ただ自分の好きなことを伸ばすだけではだめで、周りを観察して自分のポジションを確立することが大事です。たとえばダンスがいくら得意だろうと、同じことを得意な自分より可愛いメンバーがいたら埋もれてしまいます。さしずめ、空いたスペースを見つけて上手に走り込むサッカー選手ばりの視野が必要なのだと思います。

アイドル・指原莉乃は、まさしくそれで。

アイドルでありながら「アイドルオタク」であり、始めはアイドルらしからぬ「ヘタレ」というキャラでオタク内の人気を集め(むろん、それだけではないと思います。声が可愛くて意外と歌うまいんだよなぁ~! さっしーの、なんだかんだ言ってパフォメンなとこ、悔しいけど好き)「ブログ」で一般のファンを増やし、「スキャンダル」で世間の脚光を浴びました。

アイドルに「かに」はいません。

みんながみんな、自分のあるべき姿を模索し、もがいています。その姿を見ると、どうしても、応援したくなるのです。

報われなかった自分自身のためなのだと思います。

ディベートの授業から10年。学級委員を務め、生徒会に所属し、優等生だった私は、大学では落ちこぼれでした。周りにはたくさんの優秀な人がいて、私が「ブドリ」である必要を感じませんでした。

留年し、内定もなく、未来の見えない日々。
それでもやっぱり、私は「かに」にはなりたくなくて、もがき、苦しんでいました。だからこそアイドルにハマったのかもしれません。

 

そんな私に、恋人ができました。

常に動いている私と、おとなしい彼。
欲深い私と、欲しがらない彼。
野心の強い私と、そこそこで生きたい彼。

私がアクセルなら、彼はブレーキ。
こんなに正反対なのに恋人同士になったのだからおかしな話です。

こちらの言いたいことを先回りして、適切な応えを返せる洞察力。そのくせ言葉は角がとれていて刺々しくないから、彼自身は動かなくても不思議と人が寄ってくる。
さらに彼のすごいところは、それを当たり前のように受け入れているところなのです。

だから世話を焼いてくれる人に特に感謝したりはしないし、好かれるために努力もしない。
何しろ、付き合って1週間後、初めての誕生日プレゼントにフードプロセッサーを買ってきて「これで僕においしいご飯を作ってください」と言っちゃえる男ですから。
「やればできるのに、どうして頑張らないの!」
何度怒りをぶつけたことでしょう。
感情が溢れて泣いてしまうこともありました。
すぐに怒ったり泣いたりする私を彼は「お前はめんどくさいなぁ」と言って曖昧に笑い、そうして、決まって私を抱き寄せました。

あぁこの人は「かに」だ。
それも特大級の、かにの王様だ。
頭の良さも、自分を大事にしてくれる人も、私の欲しいものはすべて手の内に収めているくせに、絶対に川を出ようとはしない。落ちてくるやまなしのおいしいお酒だけを飲んで贅沢に生きているんだ。
私は、戦わない「かに」にだけは負けたくなかった。
それなのになぜか、彼が「めんどくさいなぁ」と笑うとき、不思議と荒んだ心が慰められた気になったものです。

 

二人でテレビを見ていると、AKBの総選挙が中継されていました。
「ねぇ、私がアイドルだったら推してくれる?」
そんなことを聞いたのも、いつもの戯れのつもりで。
「推すって?」
「総選挙で1位にしてくれるかってこと」
「せんよ」
意外なほど即答。
なんでなんで? 私のこと応援してくれんのん? 私のこと好きじゃないと? あっ、それとも私が1位になって他の男の注目を浴びるのが嫌とか? ねぇ、なんでなんでどしてーー?
あまりにきっぱりした返しに私は逆に興味をそそられ、矢継ぎ早に質問を浴びせかけました。
対して、即座に返ってきた答えは、私を一瞬で黙らせました。

「1位になる必要がないから」

……正直、その発想はなかった。
彼の言葉に絶句した私は、同時に気づいてしまったのです。

私は「ブドリ」になりたかったんじゃない。
「ブドリ」を目指すことで愛されたかっただけなんだって。
優等生であるとか学級委員であるとか。
有名大学に合格するとか、大企業に内定を決めるとか。
アイドルだとか、1位だとかとか。
そういう「称賛されるべき何者か」でなければいけないと思っていました。
際立った才能も個性もなく、だからこそ付加価値が必要でした。選択肢を与えられたとき、迷わず「ブドリ」を選ぶ善人であること。人に差し出せる価値が自分になければ、誰にも必要とされないのだと思っていました。

私が異常なほど「かに」に憤ったのは彼らの生き方が羨ましいからです。「かに」の自分を肯定できる彼らが、心底羨ましかった。私に圧倒的に欠けていたのは、自己肯定感でした。

ぶわりと涙が滲んで、「かにの王様」が慌てふためきます。
何でもないのと笑うけれど、あとからあとから涙は溢れてくるもので。
めんどくさいなぁ、と「かに」は笑い。
めんどくさいね、と私も笑い返しました。

 

そうかぁ、1位になる必要はないのかぁ。
私、戦わなくていいのかなぁ。
かにの王様が教えてくれたこと。
「ブドリ」を選んだ私の愚かさ。「かに」でいる勇気。

 

***

後日談。

あんなに苦労したのに内定はやけにあっさり決まりました。ちょうど、やまなしがとぷんと落ちてくるように。
人生なるようになるっていうけど、逆にいうとなるようにしかならないものなんだと思います。
努力は必ず実るわけではないし、がむしゃらに戦いを挑めばいいってものでもない。

今でもアイドルが大好きだし、自分より他人を選び村の運命を切り拓いた「ブドリ」の生き方には承認欲求抜きにしても鳥肌が立つほど惹かれるけれど、今の私は川底でチャンスを待っている「かに」も勇気があると思うのです。

「かに」みたいな生き方、絶対に認めたくなかったのになぁ……。
こんなはずじゃなかったのに、今の自分は優等生だった昔の自分より、断然いい感じ。
野心家で欲しがりの私は基本的に変わらないのでしょう。
しかし今は、称賛されるために戦おうとは思いません。

 

今日も私はかにの王様の横で、クラムボンみたいにかぷかぷ笑って、水面を見上げています。

やまなしが落ちてくる瞬間を悠長に、しかし、虎視眈々と狙っています。
いつか、かわせみが襲ってきたときのために、自慢のはさみをぴかぴかに磨いておくつもりです。

 

こういう「かに」がいてもいいかな、って、こっそりそう思います。


f:id:ui_a:20170723181603j:image

*1:当時は痩せてたんだ!! 期待の次期エースだったんだ……

【第88回】モテる女の子は大体猫派の法則

おはようございます。あやなです。

 

「じゃあさじゃあさ、犬派~?  猫派~?」

学生時代、居酒屋でアルバイトをしていた時期があります。サラリーマンの憩いの場・立ち飲み居酒屋であるにもかかわらず、うちのお店には定期的に年若い合コン客が訪れました。

合コンの質問の定番と言えば、「SかMか」ですが、次によく出てくる質問は「犬派か猫派か」というものです。

犬派と猫派、どちらが多いと思いますか?

「え~、猫かな~」

ほら、待受も猫! そうやって携帯電話を開いて(当時、パカパカ式のガラケー全盛期ですから!)連絡先の交換にまでこぎつける手練れ女子もちらほらいました。

モテる女の子って、大体猫派!

 

「あやなって、犬派?  猫派?」 

翻って、私。私にとって、世界で一番聞かれて困る質問はこれです。

どっちだと思う? と、無理やり聞き返すと大体「犬」と言われるので、イメージ戦略的に「犬派」と答えることが多くなりました。

犬は人懐こく甘えん坊で、猫は気まぐれな自由人、みたいなイメージがあります。人間の犬派・猫派においても、何となくそのイメージは共通しているような気がしています。

正直な話をしましょう!

私は犬派でも猫派でもありません。

牛でも馬でも鳥でも、動物自体、得意ではありません。たとえばキャラクター化・アイコン化された動物であれば、見て愛でるだけなら可愛いと思えるのですが、動いている動物を見てどう可愛がればいいのかがわからないのだと思います。

冷たい人間だと思われそうで、あまり口にしたことはありません。便宜的にどちらかを名乗ることでコミュニケーションが円滑に進むなら、犬派でも猫派でもどちらでもよかったのです。

私の地元には野良犬や野良猫がたくさんいました。

片道45分かけて学校に通う小学生だった頃、鈍くさい上に臆病だった私は何度も野良犬に追いかけられたものです。大きな声で吠えられるのも苦手で、噛みつかれるのも怖くて、必死で走って逃げました。

猫は猫で苦手です。庭に紛れ込んだ野良猫に威嚇されて以来、どんな動物にも嫌われるたちなのだと思ってきました。

 

犬派か猫派か?

強いて言うなら人間派。

だって私は、意志疎通を図れない生き物とは分かりあえないから。そう思って生きてきました。

 

今日、お芝居を観てきました。

henhouse#06 いぬとねことにんげんのポルカ
f:id:ui_a:20170722205453j:image

分かりあえないのは犬や、猫や、牛や馬や鳥に限った話ではないのでは?

誰も悪くないのにすれ違うことって、珍しくもなんともないのでは?

 

たとえば両親が喧嘩したとき。

お父さんの味方になるの、それともお母さんなの。

たとえば大切な友人二人が喧嘩をしたとき。

Aちゃん側につくの、それともBちゃんなの。

私はそういう選択の場面に立たされたとき、どちらにも味方できなかったし、どちらも悪くないのに拗れてしまうことがあるのだと思い知らされました。

そのとき感じたのは強い孤独感でした。

犬派にも猫派にもなれない私。

どちらか片方を選ぶということは、もう一つを切り捨てるということで、切り捨てられないなら一人でいた方がいいと思い込んでいました。

孤独感を抱えてもいいから、行き場を失って窒息してもいいから、誰も悪者にしたくなかったのです。

かつて、苦しめられていた世界が、舞台の上に再現されている気がしました。

その上で、「分かりあえなさ」を愛せよと言われている気がしました。

お芝居を見ながら涙が止まらなかったのは、そういうこと、なのかなぁ。

 

「犬派? 猫派?」

今日からは胸を張ってこう答えられそうです。

「犬猫超党派です!」

と。

何かを選びたくないからってすべてを嫌う必要はない。それなら素直に全部好きでいいじゃない。

犬も猫も人間も、分かりあえなさを愛する自分でいられたら、孤独でいたかったかつての自分を「許せる」日が来るのかもしれません。

心が柔らかくなる90分でした。

ほら、なんていうか、コーラみたいな感じです。

キャンプで肉を煮込むとき、同じお鍋にコーラを入れるんですよ。そしたらすごくお肉が柔らかくなって、味に深みが出るんです。

ああいう感じ。

たくさんの人に出会い、たくさんのことを感じ、近年稀にみるほど怒ったり泣いたりした28歳の締め括りに、これ以上ない素敵な観劇体験ができました。本当に大好きです!

 

4回の公演のうち3回が終了。

明日7/23(日) 14:00の回を残すばかりになったようです。

一人でも多くの人に観に行っていただきたい……でも私が席を埋めてしまいたい……そんな葛藤の中にいます。

私が席を埋めないうちに、ぜひ、ご予約くださいませ……(>_<)

http://henhouse.atumari.net/
hen house

 

【第87回】神様との約束ならもうとっくの昔に叶ってる

おはようございます。あやなです。


f:id:ui_a:20170609205443j:image

先週、ふらりと太宰府に行って来ました。

 

昔からなぜか神社という場所が好きでした。あたたかくて、静かで、穏やかで、なんだか、ここでならどんなわがままを言ってもいい気がしました。

大学受験前などは隙あらば地元の神社に通いつめ、

「神様、どーかどーか、大学に合格させてください……ぶっちゃけ合格さえさせてくれたら、もう、私の人生あとは自分で何とかしますので、ほんとにあの、これだけはマジでお願いします神様……」

こんなお願い事をしていました。

私が神様だったらこんな人間には絶対に手を貸したくないところですが、さすが神様、懐が広い。私は数学が壊滅的に出来ないにもかかわらず、奇跡的に志望校に合格し、なんとか大学生になることができました。

「しゃーねぇなぁ!  マジで後は自分でなんとかしろよ!」

合格の瞬間、神様はきっとこう言っていたに違いありません。

ところが、それからの私はというと、無事大学に入れたものの、順調に落ちこぼれていくことになります。情けないことです。後は自分でなんとかしますから、なんて言っておきながら。

実家に帰省するたびに件の神社に足を運びました。

「神様、神様。自分でなんとかするって言ったけど、全然無理でした。ごめんなさい。ようやくわかったんです、私、あなたがいないと全然だめ。これからも私をどうかよろしくお願いします……!!

必殺、手のひら返し。どうですか、見事なキレでしょう!

あたたかな神社では、どんなわがままも許される気がしていたのです。しょうがないなぁ、馬鹿な人間め、なんて文句を言いながらも神様は願いを叶えてくれるものだと思い込んでいたのです。


f:id:ui_a:20170609211809j:image

凛とした清い佇まいでありながら、なぜか落ち着くのは、この場所が私の弱さを受け入れてくれるからなのかもしれません。

いや、本当のところ、神様は私に呆れているのかも。あまりに甘えたことを言い過ぎていて。
f:id:ui_a:20170609212322j:image

大学に入れますように。

大学を卒業できますように。

就職できますように。

そして毎度願うのは、家族が皆健康で、心穏やかに過ごせますように。

【一生に一度のお願い】を何度も繰り返している、他力本願な弱い人間です。
f:id:ui_a:20170609212624j:image

けれど、私思うのです。

今こうして生きていること、なんとか卒業してなんとか働いて、たくさんの人に支えられて毎日を過ごしていること、なーんだ、全部うまくいってるじゃないかって。

「どこかで躓いたって遠回りしたって、最後に帳尻が合えばいいじゃないか。確かに君は2年留年してるかもしれないけど、その2年あっての、君の人生じゃないか」

大学の恩師が、いつだったか私に言ってくださった言葉です。なるほど。

大学に入学した。

卒業もできた。

就職もできた。

それまでの過程はものすごーーーく苦しんだかもしれないけれど、苦しんだことで得たものは具体的にあって、失敗がなければ今の私はいなかった。

何とかなってないことなんて一つもないわけで、神様にお願いしたことはほんとに全部叶っちゃってるんだな。

え、優しすぎじゃないですか?

私があまりに甘えているので、おそらく、しゃーねぇなぁ、って渋々だったとは思うんですけど。

神様、弱っちょろい私の願いを全部叶えてくださって、本当にありがとうございます。
f:id:ui_a:20170609213400j:image

 

弱っちょろついでにもう一つ【一生のお願い】、いいですか?

私、小説家になりたいんです。

ずっとずっとなりたかったんです。でも絶対無理だってどこかで諦めてたし、実際賞に応募しても引っ掛かったことなかったし、続々と才能を見出だされていく周りの人達の中で私にスポットライトが当たることはなかったし。無理な夢を見てる状態が一番心地よかったんです。怨念のように心臓に溜まった夢が底冷えして、てい、と取り出そうとすると指先が凍傷〈ヤケド〉するのです。だから、もしかしてこのまま一生、夢見ていた方が気持ちいいんじゃないか、なんて思っちゃうんです。ほら、弱っちょろいでしょう!

だから、お願いです。

恥も外聞もなく言います。

小説家にならせてください。


f:id:ui_a:20170609224302j:image

でね、太宰府帰りの電車の中で、改めて冷静になったんですけど、結局神様にお願いしたところで行動するのは自分なのです。

大学に入るために勉強したのも、就職するために面接を受けたのも他ならぬ私。

「人事を尽くして天命待て」とは「努力の限りを尽くせば結果は出るから安心して努力しろよ」ということで、裏返せばいつものあれです。

「とにかく、書け」

今までだってそうです。目先のことを精一杯やっていただけ。だから、同じように、行動あるのみです。決して特別なことではない。

私の夢は夢じゃなく【現実】なんだって自分自身に突きつけて。ケツをひっぱたいて、鼻の先にニンジンをぶら下げて、おだてて空を飛ばせて。

だって戦わなきゃ勝てないもんね。


f:id:ui_a:20170611163044j:image

お守りを買ってきました。

【一生のお願い】を戒めのように、いつも身に付けていたいと思います。

「相変わらず弱っちょろいダメ人間め!  見張っててやるからせいぜい励めよ!」

神様の言葉に耳を傾けながら。

 

そういえば、最近思い出したんです。

小学校の卒業文集に、何を血迷ったか、「江戸川乱歩賞とって小説家デビュー」って書いたこと。クソガキめ。軽く言いやがって。

でも、でもでも。

この伏線、回収できたらめちゃくちゃ面白くないですか?

というわけで。
f:id:ui_a:20170611195527j:image

机の上のコルクボードに目下の目標を掲げてみました。い、言っちゃった……言っちゃったぁぁ。

が、 がんばひます。あ、噛んだ。

 

(追記)写真たくさんあると、なんか私ブログ書いてるぅ! って感じしますね!  書いてることは相変わらず声のでかい独り言……って感じなんですけど。【読まれる文章】づくり、今後も精進致します。

【第86回】九州のソウルフード「マルタイの棒ラーメン」をアレンジしてみたら美味しすぎてむかついた件

おはようございます。あやなです。

最近、料理上手になりたいなと思い始めました。

す、すごい変化じゃないですか?!?!?!?!

あれほどまでに食に興味のなかった(食えりゃいい的な料理しか作ってこなかった)私があれやこれやとレシピを見たり、さらにはレシピ通りに料理をしてみたり、自分では信じられないくらい衝撃です……。

勿論、一人暮らしが長いので一通りの調理はできますけど、いまだに目玉焼きが焼けなかったりオムレツがうまくふんわりできなかったり、焦がしたり生焼けだったり云々……。

技術的にやや難あり、な私です。

先日友人宅に泊まりにいく機会がありまして、なんと結構な量の食事を用意してもらったのでした。

手羽先のオイル焼きは皮がパリパリでジューシィ!

ポテトサラダはマヨネーズと塩コショウのバランスが最高!

ぶつ切りにしたお刺身のぶりは生姜とねぎとさしみ醤油で和えて、締めはだし茶漬けできゅっと締めて……!

朝は優雅にホットサンドとトマトスープ。ヨーグルトにシリアルを入れた小粋な小鉢付きですよ……!!!

極めつけに、

「えっ、これ何。めちゃくちゃ美味しいんですけど……!!!!」

「あー、しりしり?  それ超簡単だよ。細切りにしたにんじんとツナを白だしで炒めるだけ。玉子を入れるのが本当のやり方見たいだけど、抜きだと日持ちするし常備菜にしてる。プレーンを玉子とじにするのも美味しいよ」


お弁当に簡単★卵なしのにんじんしりしり by はみんぐ★ [クックパッド] 簡単おいしいみんなのレシピが268万品

あまりに美味しかったので後日スライサー買いました。これでにんじんを思う存分細切りにしてやるよ……ッ!!!!!

 

あぁ私も料理上手になりたい。料理好きになりたい。

「ねー、私でもできそうな激ウマレシピ教えてよ~!!」

「うーん、ならこれかな」

彼女が取り出したのはこちら。

マルタイラーメン 164g×10袋

マルタイラーメン 164g×10袋

 

こ、これは上京した友人が帰ってくるたびに大量買いしている、九州のソウルフード・マルタイの棒ラーメン……!?

言っちゃ悪いけどそんなにめちゃくちゃ美味しいのか?  って思ってました。

いや、美味しいは美味しいけど、良くも悪くも普通じゃない?

「甘いな。みんな大好きマルタイ棒ラーメンをさらに美味しくする方法、教えてあげるよ」

今回、友人に教えてもらったレシピ通りに、マルタイの棒ラーメンをアレンジしてみました。これがものすごく美味しかったので、皆様にも共有したいと思います!

 

①麺を茹でる

標準は3分ですが、ちょっと固めが美味しい!

②別鍋でスープを作る

沸騰したお湯に、棒ラーメンの袋に入っているスープの素を入れる。一回煮立たせたら無調整豆乳を入れる(分量は適当です! まろやかがお好きな方は多めでもいい)

③フライパンで豚キムチを作る

豚肉、もやし、キムチをごま油で炒める。塩コショウ、醤油を少々。

④麺をお皿に移し、ラーメンスープを注ぎ、豚キムチを載せる。棒ラーメンの調味油はお好みで入れてください。


f:id:ui_a:20170602072914j:image

じゃん!

できた~!!

実際食べてみたらなんだこれはってくらい美味しかったです。棒ラーメンとは思えませんでした。新感覚。

豆乳のまったりとしてしかししつこくはないスープと、豚キムチの相性が良すぎる。さらに棒ラーメンの食感がスープによく合う~!!

若干腹立ってきました。なんでこのアレンジ、今まで知らなかったんだろう、私。

 

インスタントラーメンは料理じゃねえ!  体に悪い!  と言われてしまいそうですが、いいじゃない。アレンジレシピ楽しいですよ。

牛歩でもいい、少しずつ料理を楽しんで、好きになれたらいいなと思います。友人がこのレシピを教えてくれたのもそういう意図があったんだろうな、ありがとう。

次はにんじんしりしり作ってみます~!

美味しくできたらレポしますね。

 

本日の一曲。

それにしても棒ラーメンって東京で売ってないのです?

 

*********************************************

本日の起床時刻

6:18

朝ごはん

豆乳スープ(キャベツ+玉ねぎ+ベーコン)

*********************************************

【第85回】彼女が夏服に着替えたら

おはようございます。あやなです。

6月になりました!  本日より制服も夏服に完全移行しまして、カラスの濡れ羽のような制服で働いてきました。

この間GWに入った! と思ったらもう夏で、季節に置いていかれています。体調不良が続いた3月、そして決算と長期休暇で日程的な余裕のなかった4、5月……。毎年、6月からは少し時間の流れがゆっくりになるので、ほっと息をつけそうです。

 

なんと来月7月はわたくし、誕生日を迎えます。イエー。ぱふぱふ

田口ランディさん(だったと思う)曰く、怒りの年である激動の20代、7月26日をもちましてついに最後の年に突入いたします……!

こんなことを言うと(まだ若いからそんなことが言えるのよと)物議を醸しそうですが、私は年をとるのが毎年楽しみで仕方ないです。

子供の頃から早く大人になりたくて、毎年の誕生日が待ち遠しかった。

だって、大人って自由じゃないですか。子供より大人の方が断然楽しい。自分が管理できるお金があって、何を食べていい・いつ寝てもいい・いつお風呂に入ってもいい。住む場所も働く職場も、自分で決めて良くて。

毎年大晦日だけ好きな時間に寝てもいいと言われていた小学生の頃、この日だけ大人になれた気がしました。翌日、初日の出までに起きられなくてどれだけ後悔しても、「自分で決めたことでしょ」と言われるとなぜか嬉しかったのです。

全部全部、自分で決めたい。自分の王様は自分だけだ。だから早く自立して、自律して、私の王国を築きたい。

守られ、管理される安全地帯よりも、自分で決めて、掴みとる居場所が欲しかった。

私はそういう子供でした。

そして28歳になり、また29歳になろうとしている今も、大して中身は変わっていないのだなと思い知らされます。

大人になりたいと思い続けている子供、とも言えるのかもしれません。本当の大人なら子供に戻りたいと嘆くのかもしれません。ポケモンの歌にそんなのがあったなぁ。

それでも私はこれからもずっと、いくつになっても、大人になることを楽しみでいたいと思います。

年を重ねることはとても幸せなこと。それだけたくさんの方と出会い、いいことも悪いことも体験して、何をおそれる必要があるでしょうか。

借金以外は増えて損するものなんてないのです。

皺の数?  増えた分だけ優しくなればいいじゃないですか。実るほど頭を垂れる稲穂のように。

失敗して後悔して大泣きしても、自分の意志で選択して居場所を掴みとりたい。

 

重たい冬服を脱ぎさって、半袖から伸びた腕で風を感じたらーー

 

さぁて、夏が始まりますよっと。

また一つ大人になる、私の大切な季節です。

 

本日の1曲。

夏服

夏服

私のなかで「夏服」といえばこの曲なのですが、間違いなく冬を引きずってる歌でした。そんなaikoが大好きだよ!

 

*********************************************

本日の起床時刻

7:44(よく始業に間に合ったなと思う。マジで反省します。いやマジで)

朝ごはん

最近、友人の家で食べたホットサンドが美味しすぎてホットサンドメーカーを買おうとしてる!!!!!!

*********************************************

【第84回】モーニング娘。が20年保ち続けた「肌」の弾力に、クラクラする。

おはようございます。あやなです。

いろんなことを考えて、頭がまとまらないまま週末を迎えました。すぐに言葉にしようとして、書きかけて、手が止まって、その繰り返しです。そんな週末ももう終わりかけています。

主に、「生きる」ということについて考えました。答えの出ない問いを繰り返すのがどうやら好きみたいで、ぼんやりと思いを巡らせているだけで不思議と何時間も経ってしまいます。

……と、書くと、一気に辛気くさくなりますね!

そんなつもりはない!  明るくいきましょう!

 

手っ取り早く「生」を感じたいとき、私は決まってこの方々の歌を聴きます。

ハロプロです。

おいお前、AKBのオタクじゃなかったんか……とツッコミを受けそうですが、むしろ好きになったのはハローの方が先です。自分でも節操のなさに驚きます! まだ大学生だった頃、友人にモーニング娘。のファンがいまして、カラオケで「泣いちゃうかも」の完コピダンスを見せられ、プラチナ期を布教されたときに完全に落ちました。


モーニング娘。 『泣いちゃうかも』 (MV) - YouTube

亀井絵里ちゃんがほんとに好きで好きでねぇ……!!


モーニング娘。 『気まぐれプリンセス』 (MV) - YouTube

↑このMVでテンガロンハット被ってる子です。

ASAYANでオーディションを見ていたのはその前の5期(高橋愛新垣里沙小川麻琴紺野あさ美)までだったので、6期以降のことを全く知らない状態だったんですけどあまりに高いクオリティに当時の私は度肝を抜かれました。

それからは友人がおすすめしてくるまま、スマイレージ(現アンジュルム)にBerryz工房℃-ute、とハマりまして、メジャーデビュー前のJuice=Juice、カントリーガールズも聞き込みました。

こうして無為に日々を過ごしていますとなぜか、今無性にハロプロに浸かりたい! と思う瞬間ってあって、ハロプロプレイリストをエンドレスリピートしてるときの私はたぶん、ハロプロの持つ「肌」感みたいなものに惹かれているのだと思うのです。

AKB系列のグループは、そこが一つの面白さなんですけど、どこか人形感があるな、と思います。たぶんそれはアイドル自身の問題ではなく、曲の方向性の問題で。

歌声やダンスに生命力があるというか。がなるような独特の歌唱、こぶしの効かせ方、ファルセットや息継ぎの仕方、コミカルだったりセクシーだったりする曲調で、生身の人間がこれでもか! ってくらい常に「私、生きてる!」を強調する。

ハロプロはいい意味でも悪い意味でも、生身の人間が歌って踊ってる感じが強いんですよね。フォーメーションダンスでスタイリッシュに決めてきても、どこか泥臭さが残るというか。

だから、曲を聞いていて、張りのある肌に触れる感触が確かにあるんです。(完全に私の主観なので異論は認めます)

 

いくつものグループがある中で、やっぱり一番好きなのはモーニング娘。(現在はモーニング娘。'17)です。

モーニング娘。結成時、私は9歳。小学5年生の頃、「LOVEマシーン」が大流行しました。ドンピシャの世代です。卒業と加入を繰り返し、現在のメンバーは一番新しい期で13期。「LOVEマシーン」の頃の黄金期とも、友人から教えてもらったプラチナ期とも、全く違うメンバーですが、モーニング娘。らしい「肌」感は根底に流れ続けています。

20周年のアニバーサリーイヤーに、新旧の曲を流しながら。

発破をかけられています。

本気で生きろ、と言われている気がします。指を立てれば弾き返してくるだろう、瑞々しく張りのある彼女たちの頬に、汗をかかなきゃ輝けないと教えられているような、そんな感覚です。


モーニング娘。'17『BRAND NEW MORNING』(Morning Musume。'17[BRAND NEW MORNING])(Promotion Edit) - YouTube

また違う朝を迎えよう。不撓不屈の精神で。そう思います。

 

最近好きなのはこの曲。


モーニング娘。'16『The Vision』(Morning Musume。'16[The Vision]) (Promotion Edit) - YouTube

こういうキレイな曲も好きだ、よ!! !!!

【第83回】眠れない夜に

最初に言っておくが、私はおそろしく寝付きがいい。

普段、スリープサイクルという睡眠時の記録をつけておけるアプリを使っているのだけど、大抵スタートボタンを押して「よぉし、寝るぞ」と目を閉じてから30秒、長くても1分以内には寝ているらしい。

だから、今こそが、緊急事態なのだ。

現在、2:05。

眠れない。

興奮しているのかもしれない。何せ0時過ぎまでずっと小説の話をして、多様な人の話を聞いて、高ぶってしまっている。正直、こんなときに書かずしていつ書くのだと思う。鮮度が大事なのだ。書きたいときに書かないと後で死ぬほど後悔する。熱量に乏しいネタは書けない。だから今、手帳とボールペンが手放せない。

 

まぁ、でもあれだ。

睡眠も食事も、嗜好品であればいいのになぁと心の底から思う。

好きな人が好きなだけ貪ればいいのだ。眠らなければ動けない、なんて、文明の怠慢ではないか。いつまで人間たちは自らの生理現象に振り回されているつもりなのか。

今こそ睡眠に対して反旗を翻すべきではないか!

 

ただ実際問題、私もそんな情けない人類の一人なわけで。眠らなければ夜が明けてからしんどいわけで。そんなことは百も承知で、この自分勝手な怒りをどこかにぶつけてしまいたい。

 

せめてもの抵抗で、いつ意識を手放してもいいように豆電球の中で手帳を開いている。

願わくは、眠らずに生きていける何かしらのシステムが実装されるまで、この夜が続いていけばいいのに。

2:14。まだ眠れそうにない。